北の森への道のりをなかばあたりまで進んだところで木立を見つけ、馬を休ませるために小休止を取っている。
しばらく徒歩で進んでから馬を使えば、日が暮れるころには森にたどり着くだろう。
冬の弱い日差しの下、草をはむ馬をながめながら草原に寝ころび、ウィノナは森で待ちかまえる幻の一角獣、ユニコーンを思い描いていた。
ユニコーンに逢いに行くのは見物以外にも理由があった。
小耳にはさんだウワサ話によれば、ユニコーンは出逢った者の願いをかなえてくれるというのだ。真偽のほどは定かではないたんなるウワサ話だが、もし、それが本当なら、どうしても逢わなければならない。
一つ、かなえてほしいねがいがあるのだ。
奇術団との旅の中で存在をささやかれた神々のすベてにたのんだが、いまだ実現しそうにないね、がいである。神があてにならないため、最後の望みでユニコーンに逢いにきた。
「….…おねがいします。……かなえてくれるなら、何でもします」
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寝返りを打ってかなたの森を見つめながら、悲痛な思いを口にした。
ねがいながらも不女はある。ため息混じりにおき上がったウィノナは、
「?」
地平線の向こうに二つめの太陽を見つけた。頭上と西側の地平線に一つずつ、快晴の空に金色の光をにじませながら、太陽が浮かんでいる。
多く見積もつても日暮れという時間ではない。地平線の方の太陽を困惑気味に探り見ていたところ、それが近づいてきていることに気づいた。-------が、気づいた時には遅く、
「!!!!!!!!」
頭上をかすめて光は飛び去り、追いかけてきた突風に馬と木立もろとも吹き飛ばされる。長い尾を引く光に飲み込まれ、次の瞬間、ウィノナは飛び去った光とともにこつ然と平原から姿を消した。
草木をえぐり取って彫り込まれた浅い溝が、緩やかに力ーブを描きながら続いている。西から北東へ向かってのびた溝は、平原北部の雪原に達したあたりでとぎれているが、そこには駆け抜けた光も、巻き込まれたウィノナの姿もない。
奇妙な傷跡をつけた大平原が静かな風景を取り戻していた。
ミッドガルズ大陸の北東部に、本土と橋でつながる島がある。錫杖のよぅな形狀の南北に
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長いその島に、崩れかかった古城がたたずんでいた。
遠い昔、ミッドガルズ国が一つの国家として統一される以前に存在した、数々の豪族の一つが使用していた居城だ。辺境もいいところにあるため、改修されて利用されることもなく、今ではこの世から消え去るのをまつばかりとなつている。
そんな古城の内庭で、ウィノナは目を覚ました。ひざが埋もれるほどの雪の中で意識を取り戻し、状況が理解できずに頭の中を真っ白にしている。
いつの間にか日が暮れている上に、見知らぬ土地にほうり出されていたのだ。
自らここまでおもむいてきたワケではない。
昼過ぎに平原で奇妙な光を発見した直後から、記憶はいきなりこの古城の庭先で目を覚ましたところにつながっていた。
「……何?……何なの?……ここ、どこ?」
ひどい疲労感に襲われながらも何とか立ち上がり、よたよたと歩き出す。雪に足を取られながら、 崩れた壁のはざまから外へ目を凝らしてみる。するとはるかかなたで夜陰に包まれた地平線ににじみ出す、淡いオレンジ色を見つけた。
「……え?……何で?……ぁれがミッドガルズの都——なのかな……?」
おそらく都の明かりなのであろぅ夜空のシミを見つめながら、ウィノナは壁際にしゃがみ込んだ。壁に背をあずけ、星空に影をつくる古城を見上げる。
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何がどうなったのか、さっぱり見当がつかない。
「……まいったなァ……」
これからどうしたものか、と考え込んでいると、どこかで馬がいなないた。自分だけではなく、馬もここへ連れてこられてしまったようだ。
とりあえず馬を拾って都へ戻ることを決め、ウィノナは腰を上げた。
「ヤバいなァ。朝までに帰れるかなァ。……無理だよなァ」
同じく平原から持ち込まれたらしい木とともに、馬は裏庭でとほうにくれていた。合流して内庭へ戻ってきたウィノナは、先刻、夜の地平線に見つけた都の明かりらしきものを見つめ、おおよその距離を見積もっている。
何度見積もっても、今日あした中にたどり着けるような距離に思えない。少なくとも四〜五日はかかりそうだ。
いまだに自分がここにいる理由がわからないことも後押しし、ウィノナは頭を抱えていた。
だが、いつまでもここで苦悩している場合ではない。
都での公演はまだ続いているのだ。団員たちに自分の穴埋めをさせるようなことはしたくない。まず、都へ戻ることが先決、と決断し、馬に飛び乗った。
「……? どしたの?」
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手綱を振るい、馬を走らせようとするが、様子が変だ。何かにおびえているかのよ変に、あとずさろうとしている。狼でもいるのだろうか。
周囲を見回しながらスカートの中へ手をしのばせ、中のボウガンを引き抜く。すばやく矢をつがえて引き金に指をかけた。間もなく正面にたたずむ壁の崩れ目から、人影らしきものがはい出てきた。
数は三つ。雪の降り積もる庭をはうように進みながら、ウィノナを観察するように前を行き来している。
……しまった。
月明かりに描き出された人影の正体を見、ウィノナは舌打ちする。そこにいるのは狼でも、ほかの野生の生物でもなかった。人間でもない。
一見したところでは人間に近い形状をしている。頭があり、手足があり、二足歩行をしている生物だ。——が、全身を漆黒の体毛が覆い、ロは耳まで裂け、見開かれた双眸は深紅の光を宿している。背中には一対の翼が生え、凍える夜風にはためいていた。
太古からこの世界にいすわり続けている魔物だ。これに比べれば野生の狼など子イヌのようなものである。
翼のはためきが粉雪を巻き上げた。空へ飛び上がった魔物たちは城の入り口にある騎乗のウィノナを見下ろし、静かに、そして鋭くねらいを定める。次の瞬間、雷のごとき勢いで急降下
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し、攻撃に転じた。
「ダンナがた、相手が悪かったね」
言うと同時、ウィノナはボウガンから矢をはなつ。
飛びかかってくる魔物一匹を打ち落とすと、残りニ匹が滑空する速度を落とし、わずかなすきを見せた。すかさずウィノナは馬にきびすを返させ、背後の古城へ走らせる。
手綱をロにくわえて操りながら、ニ丁めのボウガンと矢筒の矢をスカートの中から取り出す。すばやく矢をつがえると、体をのけぞらせて馬の背へ仰向けになり、うしろにねらいを定めたボウガンの引き金をしぼり込んだ。
撃ち出されたニ本の矢は、真うしろで今まさに襲いかかろうと手をのばしていた一匹の手と胸を射抜き、地面に打ち落とす。
残る一匹をうしろにしたがえたまま、ウィノナは古城に飛び込んでいった。
馬を城の奥、へ走らせながら、とちゅうで飛び降りたウィノナは、近くの柱の陰に転がり込む。息を殺して身をひそめ、追ってくる魔物を待ちかまえていた。
崩れかかった城の中に翼の羽ばたきが反響しはじめた。最後の一匹が城に入り込んできたようだ。
惑覚を斫ぎ澄ませて気配を探る。魔物の気配を柱の間近に感じるや否や、陰から飛び出しにて
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矢を打ち出す。ろくにねらいをつけていないにもかかわらず、矢は見事、魔物のひたいと胸につき刺さり、床に打ち落とした。
すかさず指笛を吹き、ウィノナは馬を呼ぶ。ひづめを鳴らして奥から戻ってきた馬に飛び乗り、きた道を引き返していく。城の入り口に馬を走らせながら、魔物が追ってこないことを確 認しようと振り返ろうとした刹那——
——突然、馬が暴れ、ウィノナは床にほうり出されてまった。
パニックに陥ったように右往左往している馬越しに、二つの影が見ぇた。先に打ち倒した二匹の魔物が、入り口をふさぐようにして立ちふさがっている。ひたいや胸につき刺さった矢を平然と引き抜いて投げ捨て、何事もなかったかのようににじり寄ってくる。
どういうワケか、先に打ち倒したはずの三匹めの魔物も平然とおき上がっていた。床に投げ出されたウィノナを睥睨して舌なめずりしている。
正確に急所を打ち抜かれていながら、魔物たちはまったく意に介していない。
馬から投げ出された時に手ばなしてしまったボウガンはあたりになく、闇の中に消えてしまっている。
かたわらにまで近づき、見下ろしてくる魔物たちの姿にウィノナは歯嚙みする。普段なら持ち前の身軽さでたやすく突破できるだろう。——が、投げ出された拍子に足を痛めてしまい、軽技を披露できるほどすばやい動きは取れなくなっていた。
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……こういう肝心なものを見せろよ!!
だれにともなく胸の奥で怒鳴り、それでも往生際悪く床をはい進んでいく。
ウィノナを見下ろしながら、魔物たちは獣のうめき声のような言葉で、会話をするような様子を見せていた。しばしの後、話がまとまったらしく、一匹が鎌のようなツメの生えた手を振り上げる。
魔物のツメが振り下ろされ、はい進むウィノナをとらえようとしたところへ、どこからともなく鐘の音が響きわたった。
チャペルに響く音ほどの明るさはなく、町に響く警鐘ほど耳障りではない鐘の音が、重々しく古城の中にただよっている。顔を上げ、あたりを見回した魔物たちは、朽ちたホールのかたすみに目をとめた。
視線を追ってウィノナが目を向けると、ホールの床から奇妙な壁が迫り上がってくる。表面に人と獣がからみ合う醜悪で猥雑なレリーフが施された壁だ。
魔術で召還されたかのように、こつ然と床から生えてきた長大な壁が、ウィノナと魔物たちの前に立ちはだかった。
どこからか響きわたる鐘の音が止むと、出現した壁に変化が生じた。
からみ合う人と獣のレリーフが、まるで生き物のように動いて体を離していく。中心あたりに縦に亀裂が走り、二枚に割れた壁が扉のように左右へスライドして開きはじめた。
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開き行く壁のすき間から、悪寒が走る悲鳴と絶叫と断末魔が吐き出されてくる。その声は、はざまに出現した穴から聞こえできていた。
開いた壁のあいだの宙に穴があるのだ。中に無数の魔物がひしめき、ぼう然としているウィノナを見すえて猛り狂っている。
ウィノナを襲った三匹の魔物たちは、ふたたび何かをささやき合い壁のはざまの穴へ歩み出した。倒れたままのウィノナへ目をすえたまま穴に歩み寄り、中へ入り込んでいく。
三匹の魔物が穴の中に姿を消すと同時、壁はふたたびスライドして閉まり、出現した時とは逆に床へ沈み込んで消えていった。奇妙な鐘の音も、魔物の雄叫びもかき消える。
閑散として静まり返った風景と、困或心しているウィノナだけがそこに残された。
ふいに我に返り、目をしばたたかせるウィノナ。くじいた足をかばいながら何とか立ち上がり、あたりを見回した。
周囲には朽ちた古城のホールがあるだけだ。
いったいあの魔物たちは何だったのだろうか。あの壁は何だったのだろうか。
ふと気がつくと昼が夜になっていた上に、場所は見知らぬ城の前。そこに見たことも聞いたこともない怪物と、奇怪な壁が出現し、ウィノナの心中には戸惑いが満ちていた。
するとそこへさらに新たな足音が響く。
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うんざりしながらも、とりあえず暗闇の中からボウガンを捜し出し、矢をつがえて身構えた。
足音はホールの奥、上階へ続く階段のわきからただよってくる。目を凝らすとそこに蠢く影があり、ゆっくりと近づいてきていた。
「怪獣のおともだち!?それとも通りすがりの追いはぎ!?どっち!?さつさと教えないと撃っちゃうよ!!」
馬と出口の位置を横目で確認しながら、ウィノナはねらいを定める。正体を明かすように命じるが返事はなく、立ち止まる様子もない。
相手が人間であったら面倒なことになる。
逃げる態勢を取りながら、急所をはずして足止めだけをしておくことを考えた。銃身をわずかに下げ、矢をはなちかけたその時——
——崩れた壁の穴から差し込む月明かりで、影の正体が明らかになる。
一見したところでは、人間の若い男だった。月の明かりでははっきりと見て取ることができないため、本物の人間であるか否かは定かではない。,
中には人間に化ける魔物もいると聞いたことがあるのだ。
「……こんなトコで何してンの?アンタ」
警戒を消さず、ウィソナはボウガンのねらいをはずさぬまま、男に問いかけた。
「……」
(041) an illustration: Winona and Dhaos - the first meeting (in this moment Winona aims her crossbow at Dhaos)
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男に返事はない。
悪霊にでも取り憑かれたかのように、男はうつろな表情を浮かべ、今にも倒れそうな危うい足どりで近づいてくる。
「そこで止まれ!それ以上近づくと撃つぞ!」
警告するが、男に立ち止まる様子はない。かかわらぬ方がいい、とウィノナは判断し、ここからの悦出を優先することにする。ゆっくりとあとずさりながら、馬を呼ぼうと指を口にくわえたところ、男が床に倒れ込んだ。
「あらま」
床に倒れたまま身じろぎ一つしない男を見やり、ウィノナは首をかしげる。様子をうかがいながら一歩一歩、時間をかけてゆっくりと歩み寄り、ボウガンの先て男をこづく。
反応はない。
どうやら本当に気を失っているようだ。
「……あちやー。……面倒なのに逢っちやったなァ……」
この男をどうすベきか。目の前て倒れられては、てて逃げるのも気が引ける。
「……助けてほしいのはこっちの方なんだよォ……」
床の男を見下ろして、ウィノナはため息混じりにうなだれた。
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東の地平線で空が淡い紫色に染まりつつある。
古城を出発して数時間後の明け方。かなたの都がミッドガルズの王都であるか否かの見当がつかぬまま、ウィノナは平原を南下している。
「あ痛だだだだっ」
騎乗が続いて痛みはじめた腰をさすりながら、近くに手頃な岩場を見つけ、しばしそこで小休止を取ることにした。ずり落ちるように馬から下りて一つのびをすると、面倒そうに馬上の荷物を見上げた。
古城て拾ったあの男だ。置き去りにすることができずに運んできたのである。
「さあ、あんちゃん。ここが今夜の寝床だよーっと」
自分のお人好しかげんに閉口しながら、男を馬から下ろし、岩場の陰へ引きずって連れていく。意識が一向に戻らず、男は眠り通しなのだ。
男を岩陰に運んだウィノナは、枯れ草と枯れ木をかき集めて火をおこす。帰る場所がはっきりとしない不安のせいか、ため息が止まらなかった。
「……アンタがいなきゃ、もっと早く都に帰れたンじゃないの……?」
焚き火の前に腰を下ろし、向かいの岩陰で昏睡している男をうらめしげににらみつける。
……ムサいおっさんじゃなかったのが、せめてもの救いか。
あらためて男の風貌を観察し、ウィノナは無理矢理に自分を納得させた。
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じつにていねいなつくりの顔立ちをしている。女と見間違う者もいるかもしれない。
だが、その一方で、気味の悪さもあった。
あまりに整いすぎているため、つくりものの人形のようなのだ。昏睡している姿は、確認しなければ生きているか死んでいるのかわからなくなる。
エルフなのだろうか。
森の精霊エルフは人間と同じ姿をしているが、その美貌ははるかに人間を上回る、と何かの本で読んだことがある。耳だけが違い、ぺーパーナィフのように長く先がとがっているらしい。焚き火を迂回して男に忍び寄ると、金色の長い髪をかき上げて耳の形を確認してみた。
丸い。——人間と同じ形だ。
「……たんなる行き倒れッスか?」
昏睡したままの男に問いかけて、考え込むウィノナ。しばしの後、はっとして目を見開いた。弾かれたように立ち上がり、あとずさりながらつぶやく。
「……何でだよ。……何でそんなにつらいコトばかり押しつけてくるンたよ。……何で、……何で?…………………チタショウ……」
しぼり出すように吐き出された言葉が、夕闇に染まりつつある大平原に溶けて消えた。
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